別府温泉地獄めぐりは、温泉の泉質によって青、赤、白などの色になる源泉があり、入浴する温泉ではなく、これらの温泉を「地獄」と呼び、従来放置されていたものを、観光の目玉として造りだしたものである。
「地獄」として観光化されたのは、明治43年(1910)の「海地獄」が始まりで、大正時代に自動車が走るようになると、鉄輪地獄(大正11年(1922)、龍巻地獄(1923)、無間地獄(1924)、鶴見地獄(1925)、かまど地獄(昭和元年(1926)、八幡地獄(1928)、鬼石地獄(1930)、白池地獄(1931)、鬼山地獄(1932)、金龍地獄(1932)など次々と地獄が出現する。

01白池地獄mid
現在は、地獄めぐりの組合があり7つの地獄が加入しており、鉄輪温泉に「海地獄」「鬼石坊主地獄」「かまど地獄」「鬼山地獄」「白池地獄」があり、柴石温泉に「血の池地獄」「龍巻地獄」がある。
これらの地獄を亀の井バスの観光バスが巡っている。

02海地獄mid
海地獄
海地獄は、1200年前の鶴見岳の噴火により出来たといわれ、含食塩酸性泉の泉質で、硫酸鉄によりコバルトブルーの色をしており、音頭は98℃あり、この湯で茹でる温泉卵が有名である。
地獄の中でも群を抜いて広い温泉である。
鬼石坊主地獄
鬼石坊主地獄は、鬼石地獄と新坊主地獄を合わせて平成14年(2002)に再開したものである。
新坊主地獄は、大正元年(1912)の噴出で、ここから南西に1Kmほどにある坊主地獄のように、高温の泥が吹き上げ坊主の頭のように膨れてはじける地獄で、坊主地獄の後に出来たことから新坊主地獄と呼ばれる。
かまど地獄
明治40年(1907)に、柴石温泉下手にあったが枯渇し、昭和22年(1947)、現在地に移転した、
八幡竈門神社(はちまんかまどじんじゃ)の大祭で神前に供える御飯を地獄の噴気で炊いていたことから、この名が付いた。
八幡竈門神社とかまど地獄は鬼滅の刃の聖地として有名になり、読者の巡礼が後をたたない。

03血の池地獄mid
鬼山地獄
鬼山地獄は、緑白色をした熱水の池を中心に、大正12年(1923)から、熱を利用したワニが飼われていて、別名ワニ地獄とも呼ばれる。
白池地獄
白池地獄は、昭和6年(1931)に噴出し、当時は「玖倍理(くべり)地獄」と呼ばれており、含ホウ酸食塩泉で、噴出時は透明だが空気に触れると白濁する。
豊後国風土記にある「玖倍理湯の井」との混同避けるために、「白池地獄」とされた。
血の池地獄
血の池地獄は、万葉集に「赤温泉」と詠われているように、歴史ある温泉で、含有される酸化鉄や酸化マグネシウムを含んだ泥が噴出し、池一面が赤色になることから、この名が付いた
龍巻地獄
龍巻地獄は、30分ほどの間隔で噴出する間欠泉で、他に比べて噴出間隔が短いのが特徴である。
噴出する熱水は屋根で止められているが、30mの高さまで噴き出すという。

04亀の井バスmid
現在、亀の井バスの定期観光の別府地獄めぐりコースが運行されている。
昔の別府地獄は、別府を中心として広範囲に広がっていて、地獄めぐりも一苦労であった。
そこで昭和3年(1928)に、亀の井ホテルの創業者・油屋能八が亀の井自動車を設立し、地獄めぐりの観光バスを運行することにした。
そして、このバスに日本で初めて女性バスガイド(当時は、少女車掌と呼ばれた)を採用し、七五調で(たとえば「次はその名も 珍しき 山の中なる 海地獄」)地獄巡りの案内をつとめさせ好評を博し、別府地獄を一躍全国的に有名にしたのである。