佐賀に入る・・・のだが、佐賀のご当地そんぐが思い浮かばない。
こんな時は、ご当地ソングの女王・水森かおりさんにご登場願おう。
『虹の松原』(平成22年(2010)発売)
作詞:麻 こよみ、作曲:弦 哲也、歌:水森 かおり
この歌はミス森かおりの18曲目のB面曲で、佐賀県唐津の虹の松原を舞台に、失恋した女の心情を切なく歌っている。
虹の松原は、唐津湾に沿って虹の弧のように広がる松原で、静岡の三保の松原、敦賀の気比の松原とともに日本三大松原の一つである。
17世紀の初めに、唐津藩の初代藩主である寺沢志摩守広高が、防風林・防砂林として植樹したのが始まりで、全長4.5Km、幅500mにわたって続いている。
藩の庇護厚く伐採すると死罪という重い罪が課せられていた。
唐津藩の藩主は、初代・寺沢家から大久保・土井・水野・小笠原と城主が変わっても、この松原は手厚く管理されている。
藩政時代に「二里の松原」と呼ばれていたことから、明治以降「虹の松原」と呼ばれるようになったというが定かではない。
明治以降は国有林となり伐採にも制限があり、今なお美しい松原の景観を留めている。
また、虹の松原には昔から伝えられた「七不思議」があるのだが所説がある、
1.松が高くならない(睨み松)
豊臣秀吉が松原を通った時に、松が高く「低くなれ」と睨みつけたことから、高くならななった。
2.蝉が鳴かない(蝉がいない)
豊臣秀吉が松原で蝉の鳴くのがうるさく「やかましい」と叱ったことで、蝉が鳴かなくなった。
3.蛇がいない
諏訪姫の願掛けにより、松原には蛇がいない。
4.真水が出る
海に面した砂浜だが、松原では塩分を含まない真水が湧く。
5.松原の中心が藩の境界
神集島の西端と高島の東端を結んだ線が松原の中心で、ここが唐津藩と対馬藩の境界であった。
あと二つは所説あり列記しておく。
6.毒キノコがない
松原には多くの松があるが、食べられるキノコのみ生え、毒キノコは生えないという。
7.すべてが黒松
松原の松はすべて黒松で赤松が一本もない。
8.根上がりの松がない
根が地上に出た「根上がりの松」がない。
9.槍掛松
豊臣秀吉の軍勢が槍を立て掛けたという松。
10.二軒茶屋という地名があるが家はない
かって茶屋があったのだが、地名だけが残っている。
余談だが、唐津の呼子イカをご馳走になったときに、イカの刺身が透明で透き通っていたのみ驚いたことが蘇る。
それまでイカの刺身は白いものだと思っていて、新鮮なイカ透明だということを初めて知ったのである。
ちなみに「新聞からご当地ソングが聴こえてくる」の佐賀のご当地そんぐは、
『きみの夢が叶う時』(昭和48年(2024)佐賀国スポのイメージソング)
作詞:326(ミツル)、作曲:千綿 偉功(ちわた ひでのり)、歌:鷲尾 怜菜 である。


コメント