九州へと入る。
ご当地そんぐの旅もあと9県を残すのみとなった。
まずは福岡からで、福岡といえば、
『無法松の一生』(昭和33年(1958)発売)
作詞:吉野 夫二郎、作曲:古賀 政男、歌:村田 英雄

01小倉駅mid
無法松の名が世にしられたのは、昭和18年(1943)に大映映画が、監督・稲垣浩、脚本・伊丹万作、主演・坂東妻三郎で制作した「無法松の一生」という映画である。
原作は岩下俊作の小説「富島松五郎伝」で、映画のタイトルは伊丹万作が「いい奴」としたが、売れそうにもないとして稲垣浩が「無法松の一生」にしたという。
この映画がヒットしたことで、以降「富島松五郎伝」という小説の名ではなく「無法松の一生」で知られるようになるのだが、岩下は「富岡松五郎伝」で通したという。

02人力車mid
映画(小説)は、福岡県の小倉(現、北九州市)を舞台に、人力車夫の富島松五郎(無法松)と陸軍大尉吉岡小太郎が病死すると、残された良子夫人と幼い息子敏雄を献身的に支える姿を描くというものである。
岩下俊作の小説「富岡松五郎伝」を最初に映画化したのが、昭和18年(1943)に撮られた「無法松の一生」である。
しかし昭和18年というと太平洋戦争の真っ只中であり、その内容が「好ましからず」として、検閲で10分ほどが削除されている。
その場面は、
「将棋を指している松五郎が、未亡人(良子夫人)との関係を邪推され笑われる場面」、
「居酒屋で松五郎が熊吉に嫁を貰うことを薦められ断られる場面と、松五郎が美人画のポスターを貰う場面」
「松五郎が未亡人に想いを告白する場面」「松五郎が居酒屋で酒を飲む場面」「松五郎が雪中に倒れる場面」
「松五郎の生涯を走馬灯のように回想する中での良子夫人の顔の大写しの場面」
が削除されている。
これだけの佐久城をされたのだが、映画は好評を博しヒットしたのである。
またこの映画は戦後にも、GHQによって封建的だという場面が削除されている。
「日露戦争大勝祝賀の提灯行列の場面」、「吉岡敏雄が学芸会で青葉の笛を歌う場面」、「青島陥落を祝う提灯行列で吉岡敏雄らが軍歌を歌う場面」など8分が削除されている。

03祇園太鼓mid
この映画で、吉岡大尉の妻(良子)を演じた園井恵子は一躍有名となるが、昭和20年(1945)8月6日、移動劇団「桜隊」で広島に居た時に、原子爆弾に遭い、8月21日に原爆症のために32才で亡くなっている。
また、吉岡敏雄の少年時代を演じた澤村アキオは後の長門裕之である。

そして稲垣浩が昭和18年に撮った「無法松の一生」を、昭和33年(1958)に東宝で、監督・稲垣浩、脚本・伊丹万作、稲垣浩、主演・三船敏郎、良子夫人・高峰秀子で、前作で検閲削除されたシーンも取り入れ、自らリメーク版を撮っている。
作品は第19回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。