ご当地そんぐとは少し離れるのだが愛媛で取り上げたいのが、太平洋戦争末期に登場した、日本海軍の戦闘機「紫電改」である。
何故、愛媛だというと、世界に現存する実機は4機で、そのうちの1機(二一型)が、昭和53年(1973)に愛媛県久良湾から引き揚げられたものが、南宇和郡愛南町の「紫電改展示資料館」に展示されているのである。
他の3機は、アメリカの「スミソニアン博物館の国立航空宇宙博物館」(二一甲型)、「ペンサコーラ海軍航空基地内の国立海軍航空博物館」(二一型)、「ライト・パターソン空軍基地内の国立アメリカ空軍博物館」(二一型)である。

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「紫電改」と呼ばれ知られている飛行機だが、これは正式名称ではない。
その前身となるのが、「紫電」で川西航空機(現、新明和工業)が、昭和18年(1943)7月に、海軍に納め「紫電一一型」として量産を開始している。
本機は、2千馬力の誉エンジンと旋回性能を自動調整出来る自動空戦フラップを搭載していたが、主翼が中翼式で主脚が長くなり故障が多く、また前方視界不良など問題点も多く、当初予定の速度も出なかった。
実戦配備されても、パイロットからは乗りにくいと酷評され、米軍のF6F戦闘機には立ち打ちできなかった。

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紫電の当初から川西航空機は一一型の改良を進め、主翼を中翼式から低翼式にし、っ主客の故障を無くし、胴体もエンジンの直径に合わせて絞り込み、前方の視界を良くし全体をスリム化し、重量も一一型から250Kg減らし2,650Kgと軽量化する。
20mm機銃をすべて主翼に取り付けベルト給弾方式としたことで、弾数が400発から900発に増加し、自動空戦フレップも改良され、実戦に使えるようになる。
この改良を加えたものが「紫電二一型」で通称「紫電改」と呼ばれるものである。

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しかしながら「紫電改」が投入された頃には生産もままならず、優秀な搭乗員は数少なく、選挙区を覆すことは出来なかったのである。
「紫電二一型」の実機が展示されているのが愛媛県愛南町にある「紫電改展示資料館」で、入場無料で見学することが出来るのである。

ちなみに「新聞からご当地ソングが聴こえてくる」の愛媛のご当地そんぐは、
『夜明けのブルース』(平成24年(2012)発売)
作詞・作曲:レーモンド松屋、歌:五木 ひろし である。

四国を終えて、いよいよ九州のご当地そんぐとなるのだが、四国でもう一つ残した県があるのだが、ここは最後に訪ねることとし、次は九州へと渡ることにする。