二十四の瞳映画村の手前700mの所にあり、昔懐かしいボンネットバスが映画村との間を運行している。

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岬の文教場は、明治35年(1902)8月、田浦尋常小学校として建築された瓦葺木造平屋建校舎で2教室と教員住宅とからなっている。
明治43年(1910)から苗羽小学校田浦分校として、使用されていたが、昭和46年(1971)3月に廃校となる。
「二十四の瞳」の舞台となり、昭和29年(1954)の、木下惠介監督、高峰秀子主演の松竹映画「二十四の瞳」のロケに使用され、一躍有名となり、多くの人が訪れるようになる。
町内に残る初期の小学校であり、昔のおもかげを残している風景といえる。
教室には当時のままの机や椅子、オルガンなどが残り、椅子に腰掛け目をつむると小さい頃の想い出が蘇ってくるのである。

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岬の文教場まで運んでくれるバスが昔懐かしい「ボンネットバス」である。
現在のバスはエンジンが車体後部にあるリアエンジンバスが主流なのだが、1950年代頃(昭和25から35年)は、エンジンが運転席の前方下に突き出ているバスが主流であり、呼び名も「バス」であった。
ところが、段々とリアエンジンのバスの取って代わられるようになり、昭和59年(1984)に、「ボンネットバス」は路線バスとしての運行は消滅し、現在は観光用などとして運行されている。
ちなみに「ボンネットバス」の「ボンネッ」とは、自動車のエンジン上に取り付けられている、ヒンジ式のカバーのことをいう。
そんな郷愁を感じさせてくれる「ボンネットバス」が走っているのである。