『金毘羅船々』(香川県民謡)

香川県に入る。
香川県は日本で一番面積の小さい県だと知っている人は少ないかもしれないが、今まで一番だったのは大阪府で、香川県は2番目だったのだが・・・
それが平成6年(1994)に、大阪湾の一部を埋め立てて関西空港を作ったことで、この面積が加えられ香川県を抜いて最下位以から抜け出して、香川県が最下位となってしまったのである。
逆に面積が大きいところといえば北海道と誰しもすぐ浮かぶのだが、2番目はと問うと答えに窮してしまう。(正解は岩手県)
また日本一の湖はと問うと琵琶湖と答えが帰ってくるが、2番目はと問うと答えられなくなる。(正解は茨城県の霞ヶ浦)
余談が過ぎてしまったので本題に戻そう。

01本宮mid]
金毘羅船々は、香川県讃岐国に伝わる金毘羅信仰に対する民謡であり、また遊郭の座敷遊びの唄として全国に歌われている。
琴平町の西、像頭山の中腹に金毘羅大権現(金刀比羅宮)があり、多くの参拝客が訪れ、大阪からも船で金毘羅詣りがなされ、「金毘羅船々 追手に帆かけて シュラ シュ シュ シュ/まわれば四国は讃州那珂の郡 象頭山金毘羅大権現/一度回れば」と、この時に歌われたのが「金毘羅船々」だとも言われている。
座敷遊びでも金毘羅船々の唄にあわせて、二人が(相手は舞子さん)向かい合い、その間に徳利の袴(徳利を置くお椀)を置き、交互に袴の上に手を動かす。
袴がある場合は「パー」を、ない場合は「グー」をだす。
袴を取ったり取らなかったりで出すての形が変わり、手の形が間違うと負けとなる。
金毘羅船々も最初はゆっくりと、だんだん早くなり大概は客の法が負けてしまうのである。

02階段mid
通称を金毘羅さんと呼ばれるが、元々は神仏習合の金毘羅大権現を祀る神社であった。
成り立ちについては所説あり、大物主命が像頭山に造営した行宮(あんぐう:仮の御殿)の跡を琴平神社にしたのが始まりで、中世に仏教の金毘羅信仰と併せ金毘羅大権現を祀ったという説や、役小角(えんのおづぬ)が像頭山に登った時に金毘羅(クンピーラ)に会って開山し、これが金毘羅大権現になったという説などがある。
明治の廃仏毀釈で金毘羅大権現の奉斎(ほうさい:神仏を敬いお祈りすること)が拝しされ、大物主命を祭神とする神社となる。
また保元の乱で讃岐に配流された崇徳上皇は亡くなる前年琴平宮に行斎したことから、保漁した翌年の永万元年(1165)に本社相殿に祀られている。
金毘羅宮は多くの人に信仰されるが、特に江戸時代後期から海上交通の守り神として信仰されるようになり、海に関わる人達の崇敬を集めている
また本宮と奥社まで続く階段は有名で、785段登ると標高251mにある「本宮」となり、さらにそこから583段登ると「奥社」で、本宮、奥社に詣でるのも一苦労なのである。