『阿波おどり<よしこの>』(徳島県民謡)
本州から四国へ・・・
今、四国には三つの橋が架かっている。
に述べているので、そちらを参照してください。
今、高知に帰るには明石大橋を渡って帰ることが多いのだが、その昔は国鉄の宇野から高松を結ぶ「宇高連絡船」に乗るのが主たるルートであり、大阪から急行「鷲羽」に乗り、宇野から連絡船に乗り高松に着くと四国に帰ってきたのだという実感が湧いたのであった。
帰りは連絡船に乗ったら故郷を離れたんだという郷愁にかられたのだが、今では橋を列車か車でさっと渡ってしまい、昔抱いたような感慨にふけることは無くなってしまった。
さて徳島の「阿波踊り よしこの」だが、阿波踊りの起りには3つの説があり、
築城起源説
天正15年(1587)藩祖の蜂須賀家政が徳島城落成の祝賀行事として踊りを許したのが始まりだとする。
盆踊り起源説
鎌倉時代の念仏踊りから続く、旧暦7月に行われた先祖供養の盆踊りだとする。
風流踊り起源説
天正6年(1578)十河存保(そごう まさやす)が勝瑞城(しょうずいじょう)で開催された風流踊りだとする。
などがあるが、
「ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ
阿波の殿様 蜂須賀公が 今に残せし 阿波踊り」と歌われるように、自分は阿波の殿様蜂須賀公が踊らしたのが始まりだとと思っていたのだが・・・
「ハアラ エライヤッチャ エライヤッチャ ヨイ ヨイ ヨイ ヨイ
踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃ損々」と軽快なリズムにのって踊られる阿波踊り。
その掛け声にも深い意味があるという。
「エライヤッチャ エライヤッチャ」
これは、大阪弁でいう「えらいこっちゃ」と同じで「大変だ」の意味があり、これを繰り返すことで、気合を入れて踊ろうかという景気づけの言葉だという。
「ァ ヤットサー」「ァ ヤットヤット」
名古屋弁の「やっとかめ」や、鹿児島弁の「おやっとさ」などがルーツと言われるが、踊りの初めや途中での威勢のいい掛け声ともいうべきか。
最近はこちらの掛け声の方が良く使われているようである。
「踊る阿呆に見る阿呆 同じ阿呆なら 踊らにゃ損々」
「踊る人も見る人も同じ阿保なら、踊らないと損だ」と意味で、阿波踊りの真髄とも言うべきものである。
ちなみに高知の正調「よさこい鳴子踊り」は「ヨッチョレ ヨッチョレ ヨッチョレヨ」で始まり、阿波踊りとは対をなしている。
しかし近年は殆どこのフレーズを聞くことは無くなっている。



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