山口には、岩国の錦帯橋、秋吉洞や秋吉台、萩の城下町、国宝の瑠璃光寺の五重塔など見て回ったのだが、いざ山口のご当地そんぐとなると、これが何も浮かんでこないのだが・・・

『雨の錦帯橋』(平成26年(2014)発売)
作詞:麻 このみ、作曲:四方 章人、歌:山口 留美
まずは、広島から山陽本線に乗り「岩国」へ。ここから、いわくにバスか防長交通の「錦帯橋」行きのバスで20分で「錦帯橋」に着く。
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錦帯橋は、岩国市の錦川に架かる、5連の木造アーチ橋である。
岩国初代の吉川広家が岩国城を築城してから対岸の城下町とをつなぐ為に、錦川に橋が架けられるのだが、洪水により流失を繰返していた。
3代目藩主の吉川広嘉(ひろよし)が洪水でも流れない橋を架けようと考えたあげく、アーチ橋を思いつくのである。
そして延宝元年(1673)、川幅200mに4つの石積の橋脚に5連の木造橋の構造でで、中央3連がアーチ橋(長さ35.1m)、両端が反橋(34.8m)となっており、橋の長さ193m、幅5mの橋を造りあげるのである。
以後、木材部分の架け替えなどしたが、昭和までの276年の間流出することもなく、錦川に架かっていたのだが・・・

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ところが昭和25年(1950)のキジア台風の通過で、第四橋の橋脚が崩壊し橋は形をとどめることなく流出するのである。
これは、太平洋戦争で橋の補修がなされなかったことや、錦川上流域の伐採で保水力の低下、進駐軍が岩国基地の滑走路を拡張した際に、錦帯橋付近から大量の砂利を採取したことなどが原因ではないかと推定されている。
昭和28年(1953)に再建され、コンクリートでの再建も検討されたが、木造で従来の姿を取り戻している。