広島の「安芸の宮島」は日本三景のひとつで、あとは「陸前の松島」と「丹後の天橋立」である。
日本三景の謂われは、江戸時代初期の儒学者・林春斉が「日本国事跡考」のなかで、「松島」「丹後天橋立」「安芸厳島」を三處奇観(卓越した三つの景観)と書いたことに始まる。
日本三景のいずれも海に面していることで、「松島=雄大な太平洋」「天橋立=荒波の日本海」「宮島=凪の瀬戸内海」と景色も環境も異なった風土を醸しだしているのである。
日本三景を訪ねたのは「陸前の松島」が最初であった。松島には3回訪ねている。
1回目は、
東京出張を利用して、仙台から山形の日本海に抜けて信州を回って大阪へ帰る旅をしようと、切符は大阪から大阪までの周遊キップを買った。
上野発の夜行列車で「仙台」へ、次の朝に着き、仙石線で「松島海岸」へ、「ああ松島や、松島や」と芭蕉のように感動しなかったが松島を見て、仙台に帰って青葉城を遠くに眺めて、「仙台」から仙山線、奥羽本線で「山寺」をすぎ「天童」で乗り換え下車し、「新庄」経由の陸羽西線で「余目」に。
以来二十数年経って北海道に行くまでは、この線が北に足を踏み入れた北限であった。
2回目は、
仙台に用があり一泊して次の日、帰る飛行機までの時間があったのでどうしようかと、前日行った国分町のスナックで、塩釜から船に乗り松島観光するのが良いと教えられたのが、2回目の松島である。
塩釜から船で松島湾の島々を見て、松島では五大堂、瑞巌寺をみて松島海岸駅から仙台に出て、バスで仙台空港に向かい、伊丹に帰って来た。
そして東北大周遊のツアーで訪ねたのが回目の松島なのだが、初めて湾内めぐりの観光船に乗り、「ああ松島や、松島や」と松尾芭蕉が感嘆した、雨に煙る松島を堪能したのである。



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