塩見縄手に残る「小泉八雲旧邸」は、八雲が明治24年(1891)6月から、熊本に転任する11月までの6ヶ月間、妻のセツさんと住んだ家である。
庭のある侍の屋敷に住みたいという八雲の希望で、旧松江藩士・根岸干夫(ねぎしたてお)の屋敷を借りたもので、江戸時代後期に建てられたものだという。
八雲はこの家の庭を気に入り、三方に広がる庭を飽くことなく眺め、至福の時を過ごしたという。
八雲が庭を眺めた部屋や書斎には愛用の机と椅子のレプリカがあり、実際に座って八雲を感じることが出来るという。
小泉八雲はラフカディオ・ハーン(Lafcadio Hearn)だが、松江の島根尋常中学校で生徒たちが「ヘルン先生」と呼んだことから、松江では「ヘルン」という名が定着し、妻のセツさんも「ヘルン」と呼んでいたという。
『怪談「雪女」「耳なし芳一」でなじみの深い、明治の文豪・古出雲八雲(アイルランド名 ラフカディ・ハーン)。
英語教師として松江に赴任した八雲は、セツ夫人と結婚した後、かねてからの念願であった「武家屋敷」を求めて借りて暮らしました。
当時のこの屋敷は旧松江藩士根岸家の持ち家で、あるじ干夫は簸川郡(ひかわぐん:現在の出雲市)の郡長に任命され、任地におり、たまたま空き家であったのです。
部屋をぐるりと取り囲む庭は、干夫の先代根岸小石の手によるもの。
自然の山水を絡めたこの庭は、八雲の名著「知られざる日本の面影」のなかでも、あますことなく、その魅力が描かれています。
さあ、どうかみなさまも松江時代のヘルン先生の世界を心ゆくまでお偲びください。』
出典:【小泉八雲旧邸居(ヘルン旧居)】より


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