「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と詠まれたように、出雲の国は古代より、縁結びの処として知られ、日本の神様が、皆この出雲に集まる10月が神無月と呼ばれるのに対して、出雲は神有月と呼ばれ、この地に日本全国の神様が集まってくるのである。
祭神は大国主命で、大きな袋を肩に掛けて、因幡の白うさぎを助けた神様である。

01出雲大社mid
雲に分け入る千木(ちぎ:神社の屋根の両端にある、交差し突き出た木材)、重厚な檜皮葺の屋根、それを支える柱、大注連縄(しめなわ)など、出雲大社は縁結びの神として、また神譲りの神話でも有名な社である。
天照大神が、国譲りをした大国主命のために造営したのが社の始まりだとされ、勢溜にある23mの大鳥居をくぐり、素鵞川に架かる祓ノ橋を渡り、銅鳥居を抜けると出雲大社の神域である。

ムスビの神像
02ムスビの神像mid
松の参道を抜けた先にあるのが、ムスビの神像で、昭和61年(1986)に建立ている。
天に向って両手を広げて掲げ、その先に「幸魂(さきみたま)」と「奇魂(くしみたま)」が現れ、「おかげ」を受け取るという場面である。

『時に海を照して依り来る神あり 吾在るに由りての故に汝その國造りの大業を建つるを得たり 吾は汝が幸魂奇魂なり 大國主神これ吾幸魂奇魂なりけりと知りぬ
古事記また日本書紀に述べるところであります。
出雲大社の御祭神大國主大神は、この幸魂奇魂の「おかげ」をいただいて、神性を養われ「ムスビの大神」となられました。
生きとし生けるものすべてが、幸福になる「縁」を結ぶ「えんむすびの神」と慕われるゆえんであります。
およそ人が人であるということは、幸魂奇魂というムスビの「みたま」をわが身にいただいて、霊止すなわち人として生かされてからであります。
大神からいただいた、この「いのち」を感謝して大切に正しくこれを生かしきりましょう。
出雲大社ではこの御神教にちなんで「さきみたま くしみたま まもりたまひ さきはへたまえ」と唱して御神縁を祈念いたします、
このムスビの御神像」は大國主大神が、有難く「幸魂奇魂」を拝戴される由縁を象徴しております。』
                           出典:【幸魂奇魂の碑文】より

拝殿
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銅鳥居(四の鳥居)を入った正面にあり、昭和34年の再建である。
大社造と切妻造の折衷様式の木曽桧材の木造建築、屋根は銅板葺きで、建坪147坪(485,1㎡、高さ12,9mである。
注連縄は1500Kgもの重さがあるという。

八足門と本殿
04八足門mid 05本殿mid
         八足門                  本 殿
拝殿の奥、八足門とそれに連なる瑞垣(みずがき)の中に本殿がある。
大社造といわれ、伊勢神宮の神明造とともに日本最古の神社建築であり、切妻造妻入りで、田の字型に配置された九本の柱で支え、妻の真中に宇豆柱(うずばしら)が、九本の柱の中心に心御柱(しんのみはしら)がある。
古代の、本殿は高さが16丈(48m)あったといい、東大寺の大仏殿より高かったというが、現在の本殿は、延享元年(1744)に造営されたもので、高さは8丈(24m)である。
ちなみに本殿は南向きとなっているが、御神座は西向きとなっている。

本殿の正面から西側にまわると、
『御祭神大國主大神のお鎮まりになる御本殿の正面は南向きですが、殿内の御神座は西向きとなっています。
昔より、御参拝の皆様は大神様に向かい合い、御神座正面から拝しております。
先ず御本殿正面で御拝礼の後、瑞垣に沿って摂末社を参拝され、御神座正面に当たる此の場所より、再度心を込め拝礼なさいます。
どうぞ御拝礼下さいませ。
「拝礼作法」二拝四拍手一拝』との説明があった。

西十九社
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東西に1棟ずつある建物で十九の扉があるが、普段は閉まったままであり、祭神は八百万の神々である。
建物は文化6年(1809)に建てられたものだという。
ここ旧暦の10月に全国の神様が出雲に集まって会議するときの宿舎であり、10月は「神無月」というのに対し、出雲では「神在月」という。

『旧暦廿月には全国の神々が大國主大神の許にお集まりになられ、人々の幸福、生成発展のために神議なさる神在祭が斎行されます。
十九社は、その際の神々のお宿となります。
又、平素は全国八珀萬の神々への遥拝所です。』
                     出典:【出雲大社末社 十九社の駒札】より

素鵞社(そがしゃ)
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本殿の後ろ、瑞垣の外に大社造の建物がある。
この社が、大國主命の父神である素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祀る素鵞社である。
素戔嗚尊は天照大御神の弟神で、出雲国の肥河上で八岐の大蛇退治した伝えは有名である。
ここえは、社殿の縁下のお砂をお守りとして持ち帰ることが出来るのだが、まず出雲大社から西にある稲佐の浜で砂を頂き、それを素鵞社に奉納し、代わりに素鵞社の砂を持ち帰るというものである。