『貝殻節』(鳥取県民謡)
「何の因果で 貝殻こぎなろた (カワイヤノー カワイヤノー) 色は黒うなる 身はやせる (ヤサホーエーヤ ホーエヤエーエ ヨイヤサノサッサ ヤンサノエー ヨイヤサノサッサ)

01湯村温泉mid
貝殻節は鳥取砂丘の裾に湧く浜村温泉に古くから伝わる漁民の労働歌であるのだが、いつから歌われだしたのかは定かではない。
浜村温泉のある海岸線一帯に板屋貝(帆立貝)が多量発生し、これを獲るためにジョレン(馬に引かせる鍬(すき:クワのようなもの)のような漁具)に網をつけた舟で底曳き漁をするのだが、この舟の櫓こぎ(を漕ぐ人)はつらい重労働で、その時に歌われたのが貝殻節だといわれている。
その板屋貝も獲れなくなるり、手漕ぎの舟から発動機船に変わってゆくと、いつしか貝殻節は歌われることが無くなってしまうのだが、昭和7年(1932)浜村温泉小唄がつくられたのを機に、貝殻節が取り上げられ、昭和27年(1952)に全国民謡大会で歌われ、浜村温泉の民謡として全国に知られるようになる。

02夢千代mid
夢千代日記の舞台は、兵庫県にある湯村温泉が舞台となっていて、ここで貝殻節が踊られるのだが・・・
貝殻節は鳥取県の浜村温泉の民謡として知られており、何故、浜村温泉をロケ地にしなかったのかと思ったのだが、一説によると、浜村温泉に打診すると「内容が暗いので」と断られ、次に夢千代のモデルとなった芸者がいた三朝温泉に打診すると「風評被害が・・・」と断られ、兵庫県の湯村温泉に決まったのだという。
今では湯村温泉は「夢千代の里」として知られるようになり、夢千代を感じに訪れる人も多いという。
夢千代日記は、吉永小百合主演で昭和56年(1981)「夢千代日記」、昭和57年(1982)「続夢千代日記」、昭和59年(1984)「新夢千代日記」の3部作として、NHKで放送されたドラマである。
夢千代は胎内被爆者で余命3年を宣告されており、物語は夢千代を取り巻く人々の生き様を山陰の寂しい冬景色とともに物悲しく描かれる。
物語の冒頭は、夢千代が原爆症の治療に行った神戸からの帰りに、列車が余部鉄橋を渡る列車の車内から始まってゆく・・・