『月の法善寺横町』(昭和35年(1960)発売)
作詞:十二村 哲(とにむら てつ)、作曲:飯田 景応(けいおう)、歌:藤島 恒夫(たけお)
『大阪つばめ』(昭和35年(1960)発売)
作詞:吉岡 治、作曲:岡 千秋、歌:石川 さゆり
「・・・たとえかなわぬ 夢でいい 両手合わせる 法善寺」

01金毘羅堂mid
法善寺横丁は、道頓堀川の南、東を千日前商店街、西を塀之側筋に挟まれた所で、もとは法善寺の境内だった所である。
法善寺は、山号を天龍山という浄土宗の寺院であり、本尊は阿弥陀如来なのだが、全身苔むした「水掛不動」が良く知られている。
山城国宇治に琴雲上人が建立した法善寺を、寛永14年(1637)に中誉(なかほまれ)専念上人が、現在地に移転する。
このときに専念上人が行った「千日念仏回向」ことから、千日寺とも呼ばれ、この一帯が千日前と云われるようになったという。
何度も火災にあい焼失するが都度、再建されるも、昭和20年(1945)3月の大阪大空襲で、西向不動明王(水掛不動明王)以外はすべて焼失してしまう。
戦後の昭和35年(1960)に金毘羅堂や庫裏は再建されるが、本堂の再建に至らず天王寺にある長圓寺に本尊の阿弥陀如来像を移し「法善寺別院」とした。
平成21年(2009)に「二河城道堂」が、25年(2013)に「金毘羅堂」や「お初天神」が修復され今に至っている。

02水掛不動mid
「意地と恋とを 包丁にかけて 両手あわせる 水掛不動・・・」と歌われる「水掛不動」。
正式には「西向不動明王」といい、その名の通り西向きに建っている。
不動明王は大日如来の化身とされ、人々を救う憤怒の形相をし、右手に煩悩を断つ剣、左手には衆生救済の索を持ち、火炎を背負っている姿で知られている。
煩悩を断ち、厄除け、学業成就、商売繁盛、家内安全などに御利益があるという。
不動明王像の左右には、矜羯羅(こんがら)童子と制多迦(せいたか)童子が配置されている。
法善寺のお不動さんが水掛不動と呼ばれるようになったのは、あるときお不動さんに、お供えの水を掛けて願いを掛けたときに、その願いが叶ったことから、「水を掛けて願(がん)を掛けると願いが叶う」と言われるようになり、いつしか「水掛けと願掛け」から水を掛けて願いを掛けるようになり、全身が緑色の苔に覆われる姿から、いつしか「水掛不動」と呼ばれるようになったのだという。
水掛不動のもとには水の入ったバケツがあり、いつも水で満たされているのだが、参拝してバケツの水が空になったら、次の参拝者のために水を満たしておくのだという。