相合橋の西に架かるのが、太左衛門橋。
橋の名の由来は、寛永3年(1626)に、道頓堀の南側に芝居小屋と遊郭が幕府によって公認されると、この橋の東南角に芝居小屋を開いた大坂太左衛門に因むという。
太左衛門橋が架けられた時は定かではないが、明暦の頃(1655~58)には、道頓堀南側の芝居小屋への通路として、この橋があったという。
この橋は、道頓堀と宗右衛門町をつなぐ橋なのだが、橋幅は狭く芝居小屋に通う人だけが渡る橋だったようで、昭和になっても木橋のままで、昭和20年の大阪大空襲で焼け落ちてしまうが、23年に小さな木橋が架けられる。
昭和33年に橋が架け替えられるのだが、その大きさは江戸時代のものと変わりなく、木製の欄干を持った瀟洒な橋となっている。
織田作之助の「女の橋」「船場の娘」「大阪の女」という3部作にも、この橋が重要な場面として登場するのである。
近年、道頓堀川の水辺整備に合わせ、橋の東と西に側道橋が拡張され、そこから道頓堀川の遊歩道に降りることが出来、またそこでのんびりと道頓堀川を眺めていることも出来るのである。



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