平成20年(2008)年10月19日に京阪電車中之島線が開通する。
中之島線は、京阪本線の「天満橋」で分岐し、「なにわ橋」「大江橋」「渡辺橋」と走り「中之島」が終点の5駅を結ぶ3Kmの路線である。
01なにわ橋mid
難波橋を渡ると北詰にあるのが、京阪電車中之島線の「なにわ橋」駅への入口である。
京阪本線の「天満橋」で分かれ、土佐堀川をくぐり中之島で最初の駅が「なにわ橋」である。
「なにわ橋」駅は、島式1面2線式ホームの地下駅で、改札口は地下2階、ホームは地下4階である。
駅名の由来は、近くの難波橋より難波をミナミの難波(なんば)との混同を避け、平仮名書きにしたものである。
この駅は中之島公園のなかにある駅で、利用客は京阪電車全線のなかで、最も少ない駅である。
駅周辺には、「大阪市中央公会堂」「大阪市立東洋陶磁美術館」「大阪府立中之島図書館」などがある。

02大江橋mid
「大江橋」駅は、島式1面2線式ホームの地下駅で、改札口は地下1階、ホームは地下3階である。
駅名は、堂島川に架かる大江橋に由来している。
駅は御堂筋に面し、大阪市役所や日本銀行大阪支店などが建ち、堂島川に架かる大江橋を渡るとキタの繁華街「北新地」はすぐである。
駅周辺には、「大阪市役所」「日本銀行大阪支店」「淀屋橋」「大江橋」などがある。

03渡辺橋mid
「渡辺橋」駅は、島式1面2線式ホームの地下駅で、改札口は地下2階、ホームは地下3階である。
駅名は、四つ橋筋の堂島川に架かる渡辺橋に由来し、その畔にある顕彰碑には、
『渡辺橋・肥後橋は江戸期、明治期を通じて大名蔵屋敷や米市場とともに、中之島や堂島地区の繁栄を支えてきた。
渡辺橋の名前の由来は、現在の天満・天神橋付近の上町台地北端部あたりの渡辺の津と呼ばれていた地名のようである。
肥後橋は、橋の北詰の中之島に肥後・熊本藩の蔵屋敷があり、明暦2年(1657)の「新板大阪之図」には、肥後殿橋と書かれており、古くはこう呼ばれたこともあったらしい。
明治18年の大洪水によってこれまでの木橋が流され、明治21年に両橋ともイギリスから輸入した鉄橋に架け替えられた。
その後渡辺橋・肥後橋は市電の第二期線建設(明治41年)にともなって架け替えられ、明治以降四代目の橋は第一次都市計画事業(昭和初期)によって架けられた、優美なアーチ橋であった。
現在の橋は、昭和41年に高潮対策事業と地下鉄建設に合わせて架け替えられた。
この碑の隣にある親柱は、昭和41年に架け替えられた時のものである。』
                       出典:【渡辺橋・肥後橋顕彰碑】より
中之島の駅では唯一、地下鉄四つ橋線の肥後駅と地下街を経由してつながっていて、地か通路のみを通って乗り換えすることが出来る。
駅周辺には、「大阪市立科学館」「大阪中之島美術館」「国立国際美術館」「中之島フェスティバルシティ」などがある。

04中之島mid
「中之島橋」駅は、島式1面3線式ホームの地下駅で、改札口は地下1階、ホームは地下2階である。
中之島駅は京阪電車の路線では最も西に位置する駅であり、淀屋橋と共に大阪の終着駅である。
大阪国際会議場や、リーガロイヤルホテルなどがあり、リーガロイヤルHとは地か通路で接続をしている。
また中之島線の工事に使用したシールドマシンのカッターのモニュメントが、1番線・2番線の終端壁面に設置されている。
駅周辺には、「大阪国際会議場」「リーガロイヤルホテル」「中之島バンクス」などがある。

中之島線には「なにわ橋」から「中之島」駅まで4駅あるのだが、東の「難波橋」から西の「船津橋」まで3Kmほどであり、歩いても45分ほどで着いてしまい、この路線に乗る必要性を感じることがなく、この路線には今だ乗ったことがないのである。