銀座に較べて新宿は暗い。
その成り立ちは、徳川幕府が慶長8年(1603)に日本橋を起点として、東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五つの街道を整備する。
各街道にはそれぞれ一定の場所に宿場が設けられた。
そのなかで、甲州街道は日本橋から甲府に至る街道で、日本橋から最初の宿場である「高井戸」までの距離が長く、その間の信州高遠藩主内藤家の屋敷地に、宿場が設けられることになり、内藤新宿と呼ばれる。
この新しい宿場は、東海道の品川宿、中山道の板橋宿、日光街道の千住宿と並んで江戸四宿と呼ばれた。
これが新宿の始まりである。

新宿を歌った歌は全般的に暗いものが多い。
『新宿情話』(昭和43年(1968)発売)
作詞:猪又 良、作曲:船村 徹、歌:ムーディ松島(後に、細川たかし、ちあきなおみがカバーしている)
01新宿mid
「新宿西口の ポンタの店が つぶれて 泣いてるヒロ子 三畳一間の ぼくんちに さそおうか
涙でぼくの 笑顔が見えない
赤いランプの 最終列車を 見送る ヒロ子の目に涙が・・・」
と店がつぶれたヒロ子のことを歌い・・・
また、
『紅とんぼ』(昭和63年(1988)発売)
作詞:吉田 旺、作曲:船村 徹、歌:ちあき なおみ
「空にしてって酒も肴も 今日でおしまい店仕舞 しんみりしないでよケンさん
いいのいいから ツケは帳消し みつぐ相手もいないもの 唄ってよ騒いでよ しんちゃん
だからほんとよ 古里(くに)へ帰るの 誰も貰っちゃくれないし 笑ってよ泣かないでチイちゃん・・・」
と、ちあき なおみが切々と歌う。
この歌も5年で店をたたんで古里へ帰るママと常連客との別れを歌う。
東京都庁がある新宿の昼の顔と、夜の新宿の切ない顔と、どちらが本当の新宿の姿だろうかと問いかけているような歌である。

『新宿育ち』(昭和42年(1967)発売)
作詞:別所 透作、作曲:遠藤 実、歌:津山洋子&大木英夫
02ホテルからmid
新宿には珍しいデュエットソングである。
新宿では2回泊まっている。1回は京王プラザホテル、もう1回は忘却の彼方だったのだが、ホテルの窓から撮った写真に、手前に「佐嶋予備校」があり、道路を挟んで向こう側に「文化学園大学」の建物が写っていた。
このシチュエーションが見えるホテルというと「新宿ワシントンホテル」しかなく、もう1回泊まったのは、ここだと判ったのである。

03都庁mid
そのいずれにも東京都庁の展望台に登っている。
京王プラザホテルからは、東京都庁がよく見えたという記憶が蘇る。
東京都庁は丹下健三氏の設計で、鈴木俊一都知事のときに、昭和63年(1988)に着工し、平成2年(1990)に完成、翌年の4月から業務が開始されている。
新宿高層ビルの中で最も高い243mのツインタワーで、専用エレベーターで45階の南北の展望室に登ることが出来る。
なんとこれが無料というから驚きである。
展望台に登ったのはいずれも夜の8時前後のことで、それからいうと登ったのは北展望室である。(入室:9時30分~22時30分)
ちなみに、南展望室は9時30分~17時分までである。

04有明の月mid
京王プラザホテルからは、東京都庁のツインタワの間に「有明の月」を見ることが出来た。

そして、
『新宿ブルース』(昭和42年(1967)発売)
作詞:滝口 暉子、作曲:和田 香苗、歌:扇 ひろこ
「夜の新宿のこぼれ花が/男との恋に儚い夢をみて/追うことも恨むこともあきらめて/夜の新宿ながれ花/いつか一度を待ちましょう」
と歌われる。

『新宿の女』(昭和44年(1969)発売)
作詞:石坂 まさお・みずの 稔、作曲:石坂 まさお、歌:藤 圭子
「私が男になれても女はすてない/ネオンぐらしの蝶々に/やさしい言葉をかけてくれた男に泣かされても/すがりつきまことをつくせばと思っていたが/ビールの栓のようにすてられた/バカだなバカだなだまされちゃって/夜がつめたい新宿の女」
と続いてゆく。

『なみだ恋』(昭和48年(1973)発売)
作詞:悠木 圭子、作曲:鈴木 淳、歌:八代 亜紀
写真5
「夜の新宿で/ひとときの逢瀬に別れがつらい/一緒にくらすしあわせを夢にみたが/冷たい風に責められる/夜咲く花が雨に散り/なぜか帰したくない今夜/しのびあう恋涙恋」
と切なく歌う。
どの歌も、女が一方的に諦めるという歌で、新宿という町ならではの歌であり、新宿でなければ成り立たない歌である。

05歌舞伎町mid
新宿といえば歌舞伎町・・・
新宿歌舞伎町は、札幌のすすきの、福岡の中州と並んで日本三大歓楽街と呼ばれている。
すすきのと中州では飲んだことがあるのだが、歌舞伎町ではまだないのである。
これは、東海道新幹線が開通し東京出張が日帰りとなってしまい、泊まることがなかったこともあるのだが、歌舞伎町のイメージが良くなかったということも一因だったかもしれない。
多くは語らないが、いまだに夜の歌舞伎町には足を踏み入れたことがないのである。