同聚院には「日本のシンデレラ」と呼ばれたモルガンお雪の墓がある。
モルガンお雪は本名を加藤ユキ(明治14年(1881)から昭和38年(1968))といい、アメリカの大富豪J.P.モルガンの甥と結婚した祇園の芸妓である。

01同聚院(1)mid
明治34年(1901)20才のお雪(源氏名は雪香)は、30才のG.D.モルガンに見染められ求婚されるも、当時、京都帝大の川上という恋人がいて、ふたりの狭間で心は揺れ動くのだが・・・
この頃、祇園で放蕩三昧し、お雪と懇意になっていた映画監督の牧野省三に相談すると、冗談交じりに「4、5万円の身請金を吹っ掛けてやれ」と、現在の金額で8~10億円という莫大な金額である。
ところがモルガン家はアメリカ最大の財閥で、4万円を払いお雪を身請するのである。
このことは「四万円の貞操」という見出しで報道され、一大センセーションを起こすのである。

02同聚院(2)mid
ジョージ・モルガンと共にアメリカに渡り、明治38年(1905)に夫と一緒に日本に帰国するが、「金に目がくらんだ女」として軽蔑の目に晒されて、2年程暮らした後にフランスのパリに移住する。
パリの社交界では、その美貌と教養で評判となるのだが、大正4年(1915)夫のジョージが44才で急逝し、60万ドルという莫大な遺産を相続する。
しばらくフランスで悠々自適の生活を送っていたが、昭和13年(1938)第二次世界大戦が始まると、京都に帰り、キリスト教の洗礼を受け、ひっそりと紫野の大徳寺の小家で81年の波乱の生涯を閉じ、菩提寺である同聚院に葬られた。

03折上稲荷mid
地下鉄東西線の椥辻から、新十条通を西に15分ほど歩くと、モルガンお雪も信仰したという「折上稲荷神社」がある。
折上稲荷神社は、伏見稲荷大社の稲荷大神が降臨した所とされ、伏見稲荷からは、稲荷山を越えて一直線の場所といい、伏見院の奥宮で古来より女性の守り神として厚く信仰されていたと言う。
駒札によると、
『稲荷の主神である倉稲魂神(うがのみたまのかみ)ほか二柱を祭神とする。
山科稲荷、伏見稲荷奥の宮とも呼ばれ、社伝によれば、伏見稲荷の大神(おおかみ)が和銅四年(七一二)に降臨した際、稲荷山の三ヶ峯(さんがみね)の次に降りたのが、当社境内の稲荷塚(六世紀・京都市遺跡)といわれている。
山に対する信仰と生産の信仰が一体となって稲荷信仰が生まれたと考えられ、極めて古い我が国の民間信仰の姿をとどめている。
幕末、孝明天皇は大嘗祭(だいじょうさい)に際し、長橋局(ながはしのつぼね)など女官の病気平穏を祈願し、長命箸(ちょうめいはし)を奉納した。
以来、女性守護のお稲荷さんともいわれ、アメリカの大富豪モルガンと結婚して異国で数奇な運命をたどり、日本の女性、とりわけ京の女性の名前を世界に広めた祇園の芸妓(げいぎ)・モルガンお雪など、働く女性の守り神として信仰されている。』
                        出典:【折上稲荷神社の駒札】より

折上稲荷神社(京都市山科区西野山中臣町25)
京都駅から
▼京都市営地下鉄・烏丸線で『烏丸尾池』乗換(所要5分)、東西線で『椥辻』下車(所要17分)
「椥辻」から、新十条通を西に徒歩15分