八坂神社は素戔鳴尊(スサノオのミコト)を祭神とする、全国祇園社の根本社であり、古くは、祇園感神院・祇園社・祇園天神・牛頭天王ともいったが、明治元年(1868)の廃仏毀釈により、八坂神社と云われるようになった。
夏の「祇園祭」や大晦日の除夜の鐘が鳴るのを聞きまがら詣でる「おけら詣り」、1月3日に行われる「かるた始め」など、京ならではの風物詩に関わっている神社である。
駒札には、
『素戔嗚尊(すさのおのみこと)、櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)及び八柱御子神(やはしらのみこかみ)を祭神とする神社で、一般に「祇園さん」又は「八坂さん」として親しまれている。
神社の歴史は古く、平安遷都以前の斉明天皇2年(656)にこの付近に素戔嗚尊を祀ったのが起こりといわれている。
古くは「祗園社」と呼ばれたが、明治の廃仏毀釈でその地名である八坂郷から「八坂神社」と改名された。
八坂郷の地は坂が多く、「祇園坂」「長楽寺坂」「下河原坂」「法観寺坂」「霊山坂」「山井坂」「清水坂」「産寧坂」という八つの坂があったことから八坂と付いたのだという。
本殿は平安時代の初め藤原基経(ふじわらもとつね)がこの地に観慶寺感神院を建て 寺内に本殿を設けたのが始まりといわれる。
現本殿(重要文化財)は 永應3年(1654)の再建であるが、平安時代末期の様式を伝え、祗園造として有名である。
東山通に面する楼門は西門で室町時代の建物(重要文化財)である。
京都三大祭の一つである祇園祭は、毎年七月の行われる祭礼で、平安時代の貞観(じょうがん)11年(869)に各地で疫病が流行した際に、当時の国の数に合わせて六十六本の鉾を立て、神泉苑に神輿を送り、その鎮まりを祈った御霊会(ごりょうえ:怨霊を退散させる祭り)を起源とするもので、天録元年(970)ごろから毎年行われるようになった。
大晦日の夜から元旦にかけて行われる「をけら詣り」は、薬草である「をけら」を混ぜて焚いた「をけら火」を授かり、新年の無病息災を祈るもので、毎年多くの人でにぎわう。
また、一月三日には十二単姿の女性による「かるた始め」が行われる。』
出典:【八坂神社の駒札】より
1月3日に十二単姿の情勢によって行われる「かるた始め」は、祭神である素戔嗚尊(すさのをのみこと)・櫛稲田姫命(くしいなだひめのみこと)・八柱御子神(やはしらのみこがみ)に因む八坂神社の正月恒例行事である。
そのいわれは、素戔嗚尊が櫛稲田姫命との結婚のを喜び「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を( やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを )」と詠むのだが、これが日本初の和歌(五・七・五・七・七)とされ、このことから百人一首のかるた取りが八坂神社で行われるのである。
八坂神社(京都市東山区祇園町北側625)
京都駅から
▼「D2」乗り場から86・206系統で『祇園』下車(所要21分)
「祇園」からすぐ


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