東海道五十三次の東の始まりが江戸の日本橋なら、西の終りが京の三条大橋である。

01鴨川mid
日本橋から532Kmの距離で、今では東名、名神と高速を車で5時間、新幹線では2時間と少し、東海道を日本橋から三条大橋までを歩きとおしたという人はその頃でもそう多くはなかったのではないか。
江戸に住めなくなった人、訳あって上方で一旗あげようとした人などがこの三条大橋にたどり着き、さらに浪速までと、今でいう東海道の終着駅なのである。

02三条大橋mid
また三条大橋の擬宝珠には、池田屋騒動の時についたのではないかといわれている刀傷が残っている。
西側から二つ目の南北の擬宝珠に刀傷が残っているというのだが、目を凝らしてみてもその傷が何処についているのかよく分からないのである。

03弥次喜多像mid
三条大橋の西側には、十扁舎一九の弥次さん喜多さんの像が建っている。
江戸を出て東海道を二人で旅をし京の三条までの出来事を面白可笑しく綴ったものであるが、その旅の終りの三条大橋の袂に二人の像が道中の安全を祈るかのように建っている。
駒札には、
『この像は、江戸時代後期に十返舎一九が書いた滑稽本「東海道中膝栗毛」の主人公である、弥次郎兵衛と喜多八をモデルにしたものです。
「東海道中膝栗毛」とは、二人が伊勢詣でを思い立ち、数々の失敗や滑稽を繰り返しながら、東海道を江戸から京、大阪に旅する様子を描いた滑稽紀行文です。
物語では、大阪に行く前に三条大橋に近い宿屋に泊まって、ハシゴを買わされる話になっています。
このブロンズ像は、三条小橋商店街が、二科会の会員で彫刻家の小山由寿氏に制作を依頼し平成六年に建立し、西院春日神社内にある旅行安全・還来成就の神である還来(もどろき)神社に御祈祷をして頂きました。』
                         出典:【弥次喜多像の駒札】より
またそのそばには「撫で石」なるものがあり、
『「無事に還り来る」の進行で有名な還来神社にならい、旅の安全を祈願して「撫で石」を設置しました。
昨今、旅行中に何が起こるか分かりません。
旅行に来ておられる方、また、これから旅行に行く方、どうぞこの撫で石を撫でて旅の安全を祈願し、楽しい旅にしましょう。
また、この石は牛若丸(源義経)で有名な鞍馬から産出した鞍馬石で、酸化鉄の含有により玉葱状剥離が現れ、鉄錆色が全面を覆っているのが特徴です。』
                           出典:【撫で石の駒札】より
そしてこの像が道中安全祈願として、
『ふれあいの弥次喜多さん 旅は道づれ世は情 道中安全願いつつ ふれて楽しい 旅のはじまり』とある。

弥次喜多の像(京都市仲京区中島町)
京都駅から
▼「A1」乗り場から5系統で『三条京阪前』下車(所要23分)
 「三条京阪前」から、三条大橋を西に渡り徒歩2分