2025年08月

日本橋の架かる堺筋を越えて、さらに西に歩くと、玉屋町筋の道頓堀川に架かる橋が「相合橋」である。相合橋の呼び名は様々で、自分などはずっと「あいあいばし」だと思っていたのだが、どうやら「あいあうばし」と呼ぶようである。ほかにも「あいおうばし」「あいおいばし」 ...

法案寺南坊から、さらに西、堺筋の道頓堀川に掛る日本橋北詰の東側広場に「道頓堀紀功碑」が建つ。碑には「贈従五位 安井道頓 安井道卜 紀功碑」と刻まれ、道頓堀を開削した二人の功績を顕彰している。安井道頓の出自は明らかではないが、大坂城築城の恩賞として豊臣秀吉から ...

下大和橋を南から北に渡り、道頓堀川の北岸を西に歩くと、ビルの谷間に赤い山門を構えた「法案寺南坊」がある。法案寺の創建は古く、聖徳太子が志宜野(しぎの:現、大阪市城東区鴫野)の地に一宇を建立したのに始まるという。時が下り、神仏習合により生國魂神社の神宮寺( ...

花街といえば、京や江戸を思い浮かべる人は多いのだが、大坂にも花街はあったのである。大阪に遊郭跡は確かに残るのだが、勿論、花街と遊郭とはその成立ちから性質までが、全く異質の文化なのである。下大和橋を南から北に渡ると、そこが島之内である。この地は、東を東横堀 ...

東横堀川が船場・島之内の東端を流れ、阪神高速の下、島之内の南で西に向きを変えると、そこから道頓堀川となる。道頓堀川の上流から最初に架かる橋が、近松門左衛門の浄瑠璃「生玉心中」の舞台となった「下大和橋」である。東横堀川から日本橋筋あたりまでを大和町といい、 ...

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