六角獄舎は平安時代の左獄・右獄に由来する牢獄で、正式名称は三条新地牢屋敷と言い、度々の移転を繰り返し、宝永5年(1708)に中京区六角通神泉苑西入南側に移転して、六角獄舎と呼ばれるようになる。ここで獄中の平野国臣ら過激な志士33名を斬罪に処するのである。 ...
2021年10月
佐久間象山遭難之地/殺伐とした幕末
三条通の高瀬川に架かる三条小橋から、木屋町通を北へ一丁(109m)ほど行った所、木屋町御池上ルに佐久間象山遭難之碑が建立されているが、ここで佐久間象山が暗殺されている。元治元年(1864)7月11日のことである。佐久間象山は長野松代藩の人で、幕末の洋学の ...
池田屋騒動/殺伐とした幕末
池田屋騒動は新選組を一躍有名にした事件で、河原町三条を東に入ってすぐのところに、池田屋の跡がある。現在の景色からは、とても100数十年前にこんな凄惨な切りむすびがあったとは思えない。唯、その昔を偲ぶかのように、石碑が一つ静かに建っているのみである。元治元 ...
芹沢鴨粛清之地/殺伐とした幕末
京都駅から「26」または「28」系統の市バスに乗り「壬生寺道」で降り、坊城通を2分程歩くと八木邸がある。新選組の始まりは、荘内藩士の清河八郎が江戸で浪士組を結成し、14大将軍家茂の上洛に従い京に来るのだが、その中に新選組を起こす芹沢鴨や近藤勇、土方歳三な ...
姉小路公知遭難之地(猿ケ辻の変)/殺伐とした幕末
朔平門に沿って東に行くと、北東角に切り取ったような築地塀があり、「猿ケ辻」と呼ばれる。開国派とその反対派がせめぎあう幕末さなか、公家で攘夷派の急先鋒の一人であった姉小路公知(きんとも)がこの付近で暗殺される。文久3年(1863)5月20日のことである。こ ...




