相国寺の法堂の初建は明徳2年(1391)になり「雷音堂」と称せられる。その後、数々の焼失の後に、徳川家康が豊臣の財力を減らそうと豊臣秀頼に寄進をさせ、慶長10年(1605)に再建されたもので、法堂の建物としては日本最古のものとされている。現在の法堂は、慶 ...
2020年11月
京都五山・第二位「相国寺」/京のかくれ名所
京都五山とは、京の禅宗の寺格を付けたものであり、その由来は、鎌倉時代の北条政権のときに、五山の制度を取り入れ鎌倉の五つの寺を選定する。それが鎌倉五山といわれる禅宗の寺である。その後、鎌倉北条氏が滅び、建武の中興で後醍醐天皇が政権を握ると、京に五山を設ける ...
相国寺/京のかくれ名所
相国寺は、相国承天禅寺ともいい、永徳3年(1383)に、夢窓国師を開山として足利義満が建てたものである。創建当初は堂塔伽藍がひしめき盛大を極めたが、応仁の乱で戦禍にあい荒廃をしたが、豊臣・徳川によって再興されるのだが、天明の大火(天明8年:11代将軍・徳 ...
京都駅から相国寺へ・・・/京のかくれ名所
相国寺には京都御所の北、今出川通の今出川御門の向かい、同志社大学の間を北に入った所にある。市バスでは「同志社前」で降りるのだが、京都駅から、ここに直接アクセス出来るバスはない。「同志社前」に停まるバスは3路線あり、一つは、「壬生操作場前」から、千本通を北 ...
和気清麻呂公と霊猪/京のかくれ名所
この神社には狛犬のかわりに猪が置かれている。これは和気清麻呂公が大隅国(現在の鹿児島県)へ配流の祭に、道鏡から差し向けられた刺客に襲われた時に、どこからともなく300頭の猪が現れ難を逃れたという説と、皇統をお守り出来たお礼に宇佐八幡へのお礼参りに向う際に ...