橘島から宇治川の左岸へは、下流に架かる「橘橋」を渡るか、上流の「喜撰橋」を渡るかである。この橋が下流に架かる、橘島と宇治川左岸を結ぶ「橘橋」である。宇治川の右岸にある、朝日焼釜芸資料館なのだが今回は見ることが出来なかった。橘島から宇治川の右岸を見た景色が ...
2020年06月
宇治川先陣之碑
匂宮と浮舟を見て、朱色に塗られた「朝霧橋」を越えると、橘島(中の島)である。その橘の小島に「宇治川先陣之碑」が建っている。昭和6年(1931)の建立だと云うことである。もともと宇治は京から奈良へ、また宇治を抜けて大津へと、水運では宇治から伏見へ出て淀川を ...
匂宮と浮舟の像(朝霧橋)
興聖寺を出て、さあと考えた。宇治川の左岸に渡り、宿木の古蹟に行くのだが右岸をこれ以上上流に行くと、左岸に渡る橋がなく今来た道を引き返し、朝霧橋から橘島(中の島)に渡り、宇治川の左岸に出ることにした。宇治神社の赤い鳥居が見える処まで戻ると、宇治川の右岸から ...
興聖寺
恵心院からさらに宇治川の滔々たる流れに沿いさらに上流へと向い、観流橋という小さな橋を渡ると、道元禅師を開祖とした曹洞宗のお寺「仏徳山興聖寺」がある。興聖寺の名がある石塔を目印に、お寺へと向う。宇治川の川面に面し、興聖寺の総門が建つ。この門は石組で造られ別 ...
恵心院
宇治神社から宇治川の右岸を上流へと進むと、恵心院がある。恵心院は弘仁12年(821)に、真言宗の開祖、弘法大師によって開かれた龍泉寺の古刹が始まりとされていて、参道の途中には弘法大師の像が建っている。その後、往生要集を書いた恵心僧都源信によって再建され、 ...