2019年09月

土佐稲荷神社から西に、長堀通に面して西長堀公園があり、その西端にここに長堀川が流れ、鰹座があったということを記す駒札が建っている。長堀川は、昭和35年(1960)に、西横堀川から上流の埋め立てが始められて、昭和46年(1971)に、西横堀川の下流が埋め立 ...

土佐稲荷神社の境内に「岩崎家旧邸址」の石碑が建つが、ここが三菱創業の地だということを知る人は少ないのである。大政奉還の後、明治の世となり政府は廃藩置県を進め、藩が運営する事業を禁止してゆくのだが、土佐藩の事業も私商社として九十九商会を立ち上げ、岩崎彌太郎 ...

大阪メトロ・千日前線の「西長堀」で降り、西に歩いて5分、大阪市立中央図書館の北西に「土佐稲荷神社」がある。祭神として、宇賀御魂大神(うかのみたまのかみ)を祀る。由緒書きによれば、『当社の創建は古く、天正年間(安土桃山時代)、大阪城の築城に際し、運搬されて ...

土佐幡多郡中浜村の万次郎は、天保12年(1841)15才の時に、宇佐浦(現在の土佐市)から5人で漁に出たのだが、台風に合い土佐の沖から流れ流されて、江戸から600Km南の鳥島まで流されてしまうのである。無人島の鳥島で5ケ月を生き延びた後、アメリカの捕鯨船 ...

中岡慎太郎の生まれた北川村柏木から、再び55号線に戻り一路、高知市へと帰路をとる。途中、芸西村和食(わじき)の琴ケ浜に、お龍と君枝の銅像が建っている。お龍さんは、天保12年(1841)に、医師・楢崎将作の長女として、京に生まれる。父、将作が六角獄舎で獄死 ...

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