新選組が屯所とした八木邸や前川邸の近くには「壬生寺」があった。律宗に属し、本尊は地蔵菩薩立像(重要文化財)である。寺伝によれば、正歴2年(991)三井寺の快賢僧都により創建され、古名を地蔵院、宝幢三昧寺などと呼ばれていた。その後、火災により堂宇を焼失した ...
2019年09月
旧前川邸/龍馬伝紀行
坊城通を南に2分程歩くと「旧前川邸」がある。この屋敷は新選組の創設当初から、池田屋事件を経て、西本願寺に移るまで新選組屯所として使われていた。ここでは、入口すぐ横の部屋で、芹澤派の最後の人物であった副長助勤の野口健司を隊規違反と難癖をつけて腹を切らせてい ...
八木邸/龍馬伝紀行
新選組は、局中法度の掟により粛清された隊士は30人以上と、本来の任務で斬った志士よりも多いのである。既に八木邸に居た頃から、それは始まっているのだが・・・新選組は、芹沢鴨と新見錦、平山五郎、野口健司、平間重助の水戸派と、近藤勇を中心として土方歳三、沖田総 ...
新選組発祥の地/龍馬伝紀行
龍馬伝に新選組が登場する。その回の紀行に登場するのが、新選組発祥の地「壬生」である。坂本龍馬と新選組との出会いは殆どないと言ってもいいのだが、ただ龍馬暗殺の下手人ではないかと疑われるのだが、事実にはほど遠いようである。京都駅から「26」または「28」系統 ...
龍馬の海軍修行(専称寺)/龍馬伝紀行
大阪の北浜3丁目に、緒方洪庵が開いた私塾「適塾」の建物が残っている。適塾は、幕末の天保9年(1838)に、大坂の瓦町に蘭学塾を開いたのが始まりで、弘化2年(1845)に、ここ過書町(現、北浜3丁目)の商家を買い取って、「適々斎塾」とし、門下生には、橋本左 ...




