2017年05月

島原遊郭には今も「一見さんおことわり」の揚屋「輪違屋」が、花街の名残をとどめ、今も島原で営みを続けている。 今では置屋と揚屋を兼ねている「輪違屋」だが、新選組が島原に通っていた頃は、置屋であり、 ここに居た遊女は新選組との関わりが深く、山南敬助と ...

新選組の壬生屯所から南に歩いて19分の所にあったのが、島原遊郭である。その近さから、芹沢や新見、近藤や土方など、新選組の幹部がここで遊んだという。 島原遊郭は、室町時代にはあったと言い、時々に場所を変え、此の地に移ったのは、江戸時代の寛永18年(1 ...

光縁寺に祀られている隊士は、 谷三十郎(たに さんじゅうろう:七播組組長:(慶応2年4月18日没):享年34)・・・備中松山藩士だったが不祥事を起こし家は断絶となり、その後新選組に入隊する。 神明竜の師範で強かったという。弟・周平が近藤勇の養子となっ ...

光縁寺に祀られている隊士はその殆どが粛清された隊士であり、新選組本来の斬り合いで亡くなった隊士は祀られていない。 その数は新選組の任務で斬った志士よりも多いのである。 光縁寺に祀られている隊士は、 野口健司(のぐち けんじ:副長助勤(芹沢派): ...

旧前川邸から綾小路通を東に5分程歩くと、光縁寺がある。 創建は、慶長18年(1613)頃といわれ、門前に新選組の馬小屋があったことから、隊士の行き来も多く、 特に副長の山南敬助と住職の良誉上人と深交があったことから、山南を始めとして、亡くなった隊士を ...

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