2016年01月

西大門をくぐり、その先の参道を歩いてゆくと、目の前が急に開け、そこにあったのが醍醐寺の本堂とも言われる「金堂」である。 金堂は、醍醐天皇の御願により延長4年(926)に創建され、当時は釈迦堂と呼ばれていたのだが、 鎌倉末期の永仁年間に一度、その後、 ...

下醍醐には、西大門で拝観料を払って入山する。 西大門は、慶長10年(1605)、豊臣秀頼によって再建され、その大きさは、桁行12.4m、高さ18.9mである。 桜の頃は、総門からこの西大門までの参道が桜の並木となり、その姿が一変し、多くの人で賑合う ...

霊宝館から北、また総門から東にゆくと「三宝院」がある。今回はここには入らなかったのだが・・・ 三宝院の庭園は有名で、豊臣秀吉が竹田梅松軒を庭奉行として作庭させたものであり、醍醐の花見に向けて、その完成を急がせたのだという。 三宝院は、永久3年(11 ...

醍醐の桜から北に行くと「霊宝館」がある。今回はここは開いてなく、その前を通り過ぎただけとなったのだが・・・ 霊宝館は、醍醐寺の三宝院・光台院・報恩院に伝わる国宝や重文などの文化財10万点を納めた建物で、昭和10年(1935)に開館されている。 国宝 ...

醍醐寺の南門(黒門)を入ると、「醍醐の桜」京の杜プロジェクト~サクラがつなぐ架け橋、という一つのサクラの苗木がある。 説明板によると、 『「花の醍醐」と呼ばれる桜の名所、京都・醍醐寺の桜を組織培養によりクローン増殖した桜「太閤千代しだれ」を醍醐小学 ...

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