2014年04月

清荒神からすぐに鴨川となる。荒神口通の鴨川に架かる橋が荒神橋である。 荒神橋は安政2年(1855)に、御所の火災により孝明天皇が鴨川を渡るために架けられたといわれる。 その後、明治元年(1868)に正式に橋が架けられて「勤王橋」とも「御幸橋」とも呼 ...

法成寺址から荒神口通を東に進むと、京の七口のひとつ荒神口の由来となった、清荒神護浄院がある。 護浄院は、三宝荒神を本尊とする天台宗の寺院である。 奈良時代の宝亀2年(771)に、光仁天皇の皇子である開成親王が荒神を作り、堂宇を建て祀ったのが始まりと ...

鴨沂高校から寺町通を北に少し行くと、東に小さな通りが鴨川へと続いている。これが荒神口通である。 その北側にある鴨沂高のグランドの塀に埋め込まれるようにして立つのが「従是東北法成寺址」の石碑。 法成寺は、摂関政治の全盛を極めた藤原道長が創建した ...

寺町通に面し御所の隣にある高校として、また、その前進は日本でも最古の高等女学校として創立された学校である。 鴨沂と漢字では書くのだが、普通に読むことが出来ない。 学校を知っているので「おうき」と読めるのであって、鴨とこんな字ではとても「おうき」とは ...

京都御苑には9つの門と5つの口がある。寺町通に面しては、北から「石薬師御門」「清和院御門」と最も南に位置する「寺町御門」とがある。 京都御苑は庭内にある京都御所と大宮御所・仙洞御所を除いた、63haが国民公園として解放されている。 東は「寺町通」か ...

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