山本宣冶の墓前から少し戻り、宇治の町が一望できる道を西に歩くと、宇治七茗園で唯一現存する「奥の山園」がある。 宇治七名園の一つ奥の山園 かつて宇治の町を取り囲んで茶園が広がっていました。その仲でも特に有名な宇治七名園。その一つがこの「奥の山園」です ...
2014年03月
山宣の墓碑
南泉坊跡から、そのまま西に向い高台へと続く道を登って行くと、善法墓地がありその一角に、山本宣冶の墓がある。 山本宣冶は、明治22年(1889)にクリスチャンであった亀松と多年(たね)の長男として生まれる。 その名は、宣教師の「宣」と明治の「冶」を取 ...
古典文学ゆかりの地「南泉坊」
あじろぎの道をそれて、平等院に向かい南門の前にある、喫茶一休 (平等院に行くと、必ずここの駐車場に車を停めるのだが、1日で700円、混んで車が停められなかったといことはなく、皆で行くと、電車よりも安いのである) その裏手の辺りが南泉坊があった所だとい ...
あじろぎの道
花やしき浮舟園から少し下流に、塔の島とを結ぶ「喜撰橋」がある。 ここから宇治川の左岸に沿って、平等院が左に見え隠れする道を「あじろぎの道」という。 喜撰橋の畔には「あじろぎの道」と記された石碑が建ち、その向こうに宇治川を挟んだ「塔の島」には、浮島十 ...
花やしき浮舟園
宿木の古蹟から3分ほどで、「花やしき浮舟園」である。 ここは宇治でも有名な割烹旅館であると共に、山宣と呼ばれ治安維持法に反対し、右翼により暗殺された山本宣冶に実家でもある。 花やしき浮舟園は、宣冶の父である亀松が、新京極にアメリカの装身具や化粧品を ...