2013年05月

廣誠院は、木屋町二条下ルの高瀬川一之船入の南側、もと長州藩邸があった所にあり、 一之船入を挟み北側は角倉了以邸(現日本銀行京都支店)が、東側は山県有朋の第二無隣庵(現がんこ二条苑)が木屋町通を挟んであった所である。 廣誠院の地は、明治22年(1 ...

押小路通も河原町を過ぎると、祇園にみられるような二階によしずが掛った小さな店が連なる。 河原町押小路をこえると・・・ 通りの北側に、そこだけを見るとさながら祇園の街に迷い込んだかのような風景に出くわすこととなる。 さらに押小路橋の西に「北條別 ...

押小路通も寺町まで来ると、河原町通を越え高瀬川はもうすぐである。 寺町通は、北は紫明通から南は五条までの約4.6Kmの通りで、平安京の東端を南北に通る東京極大路を元となしている。 寺町の名は豊臣秀吉が京都の改造で、洛中の寺院をこの通りに集めたことか ...

押小路通富小路の角に、明治39年の創業になる「奇竹堂」がある。 奇竹堂は千家十職の一つで、竹細工・柄杓師である黒田家の分家として、竹細工の製造販売に携わっている。 千家十職とは、三千家(表千家・裏千家・武者小路千家)に茶道具を提供する十種の家柄で、 ...

押小路通の柳馬場通と富小路通との間にあるのが「大江能楽堂」 観世流の大江竹雪が明治41年に開いたもので、京の町中に能が演じられる所があるというのも、如何にも京都らしい趣である。 実は、この能楽堂は太平洋戦争の時に、能などというものは戦時に会わないと ...

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