2010年08月

長楽寺の東、オムロン発祥の地から北に250mほどの所に、江戸中期に活躍した陶芸家の野々村仁清窯址がある。今は住宅の一角にその碑が残るのみで、その面影は全くない。 また、ここは数々の名作を撮った映画監督、伊藤大輔の旧宅があったのだが、それも破却され、今 ...

長泉寺の東、住宅地の一角にある、土堂公園の西側、道路に面して「オムロン発祥の地」と刻まれた石碑がある。 碑文によると、 『立石一真が創業した立石電機株式会社は, 1944年に大阪より当地に移転。世界への飛翔を期して, 地名の“御室”(おむろ) にちなみ, ...

西光庵を過ぎて、さらに北へ歩くと、徒然草の舞台として有名な「双ケ丘」が左側に見え、そのとうろく東麓にある『長線寺』に吉田兼好の墓がある。 ここが吉田兼好(卜部兼好(かねよし))の住居跡とされるが、最初は双ケ丘の二ノ丘西麓に庵を構え「徒然草」を書いた ...

待賢門院陵から人家が続く細い道を北へ辿ると、「右 向阿上人御往生之地 西光庵」と刻まれた石碑が建つ、Yの字の三叉路に出る。この三叉路を右に行くと、向阿上人入寂地「西光庵」がある。 因みにこの石碑には、側面右には「おむろ さが 釈迦堂道」、側面左に ...

地蔵堂から北に三叉路を右に行くと、こんもりと樹木が繁った鳥羽天皇皇后璋子花園西陵がある。 法金剛院を再興した待賢門院は、ここ花園西陵に眠っている。法金剛院のところでも書いたように、藤原璋子(しょうし・たまこ)は白河上皇の養女となり、その子の鳥羽天皇 ...

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