忠臣蔵では、父・半右衛門は、後妻に若い「岩」を貰ったが、お岩は半之丞の有ること無いことを半右衛門に告げ、半之丞は勘当されるのである。
風の便りに父・半右衛門が亡くなったと聞えてくるが、どうもお岩の情夫・大須賀次郎右衛門に毒殺されたらしい事が判る。
その後、赤穂浪士に加わった半之丞が吉良の屋敷から、お岩が出てくるのを見て調べると、大須賀次郎右衛門は上杉家に仕官して、吉良の付け人になっているという。
討ち入りの際、半之丞は父の仇、大須賀を突き殺し、お岩も討ち取り、一夜にして父の仇と主君の仇討ちを遂げている。
不破数右衛門正種(裏門:34才)は、浅野内匠頭の勘気を蒙り浪人となるのだが、内匠頭の刃傷を知り、赤穂城籠城の噂を耳にし、城に駆けつけるが、入城を断られている。
その後も、江戸にて同志に加わる時をはかるが果たせず、大石が江戸に下ると直接、大石に参加を願い、吉田忠左衛門などの取り成しで帰参が許され、同志の一員となる。
忠臣蔵ではこの下りに、内匠頭の妻・瑤泉院が中村座の芝居見物に明け暮れているというので、これを諌めようと中村座を訪ねるのだが、その時の演目が、浅野内匠頭の刃傷を扱った「東山栄華舞台」で、その一幕で、小栗判官(大石良雄)の一門は無気力で不忠者と罵る場面に怒った数右衛門が舞台に上がり、役者を殴りつけるのだが、これが評判を呼び、芝居は連日大入りとなる。
これを聞いた大石が、数右衛門の忠義は本物だとして同志に加えるという話がある。
吉良邸討ち入りでは、裏門を固める役だったが、屋敷の中に入り、瞬く間に三人を斬り伏せ、刀が刃こぼれをし使い物にならなくなったという。
木村岡右衛門貞行(裏門:46才)は、赤穂開城のおり、絵図奉行として大石を助けている。学問に熱心で、陽明学を学んでいる。
また臨済宗の盤珪禅師の弟子であり、討ち入りの時には、法名・英岳宗俊信士を左肩に縫い付けていたと言う。
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