京阪宇治線の宇治駅から、宇治川に沿って南東に10分ほど、またJR宇治駅からは20分ほど歩くと、世界遺産の「宇治上神社」がある。
この神社にも応仁の乱以前の建物が残っている。

01鳥居mid
鳥居を潜り、その先には宇治上神社の小さい山門が見える。
山門の手前の道を左に行くとさわらびの小道で、総角の古蹟へと続く。
ここは、紫式部が源氏物語の宇治十帖で八の宮が住まいした山荘があったと云っている処である。

02山門mid
宇治上神社の創建は古く遡るが、平安時代に平等院が建立されるとその鎮守社となり、近くの宇治神社と合わせ、離宮上社、離宮下社と呼ばれていた。
祭神は宇治神社の祭神でもある悲運の皇子・莵道稚郎子(うじのわけいらつこ)のほか、父の応神天皇と兄の仁徳天皇を祀っている。

03拝殿mid
拝殿は、鎌倉時代の始めに宇治離宮を移したものと云われ、現存する最古の拝殿である。
意匠的には切妻造の母屋の左右に庇をつけた形で、屋根はその部分が縋破風(すがるはふ)となっていることなど住宅風となっている。
神のための本殿に対し、人の使う拝殿には住宅建築の様式が採用されることが多く、ここでは、拝殿が初めて建てられた頃の住宅建築の様式である寝殿造の軽快な手法が、鎌倉時代の債権にも受け継がれたいう。

04本殿mid
本殿は、正面一間の流造の内殿に三社が並び、それを流造の覆屋で覆った特殊な形式である。
内殿三社は、一間社流造の桧皮葺であり、その三社を桁行五間、梁行三間の流造、桧皮葺の覆屋で囲った珍しい建物になっていて、左に仁徳天皇、中に応神天皇、右に莵道稚郎子が祀られている。
建立年代については、蟇股の意匠及び組物などの細部の特徴から平安時代の後期に造営されたものとみられ、現存する神社本殿としては最古の建築である。

宇治上神社:京都府宇治市宇治山田59