京都には数多くの楼閣があるのだが、その中でも「洛陽三閣」と呼ばれる建物がある。
三つの内の二つは、言わずもがなの「金閣寺」と「銀閣寺」であるのだが、三つ目の楼閣はというと・・・
・・・それは、西本願寺境内の南東にある滴翠園に建つ「飛雲閣」である。
飛雲閣は、天正15年(1587)豊臣秀吉の聚楽第を、寛永年間に移したものと云われている。
杮葺三階建の楼閣で、屋根には反りがあり、波状形のむくり屋根で、入母屋・四柱・宝形造などが組み合わされ、軒唐破風をつけ、一部に彫刻装飾を加えた別荘建築となっている。
初層には部屋が二つあり、一つを「招賢殿」と呼び、襖や壁には狩野永徳の雪中の柳が描かれ、柳の間ともいう。
もう一つは、前方の池に面して「船入の間」があり、襖絵には瀟湘(しょうしょう)八景が描かれ、その上に唐破風を作って玄関とし、ここから滄浪池に降り船に乗り込むようになっている。
二層にも上段と下段の間があり、上段の間には狩野山楽の筆になる「葡萄に栗鼠」があり、また三十六歌仙の絵がある。
三層は「摘星楼」といい、床の間の壁に狩野元信の筆になるという、霞のなかに微かに見える富士山が描かれている。


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