東福寺本堂の西側に『禅堂』がある。室町時代、貞和3年(1347)再建の唐様建築である。 禅堂は、禅宗の叢林で、 (そうりん:僧が宿し修学する禅宗の寺) 選佛場とも称し、座禅を通じて自己究明と自己の心の佛を撰ぶ場所である。 僧侶になるための修行 ...

洗玉澗の渓流に架かる「臥雲橋」を渡ると、東福寺はもうすぐである。 臥雲橋を渡ると左手に東福寺の諸道が見えてきて、少し歩くと『日下門』がある。 東福寺の境内には、この門より入る。先の「月華門(月下門)」が洗玉澗の南側の開運堂に続く門であるのに対し ...

東福寺には、三ノ橋川が流れる、洗玉澗という渓流に、三つの橋が架かっている。 東福寺の駅から歩いてきて、最初に出会う橋が『臥雲橋』である。 その三つの橋は、いずれも屋根付きの橋であり、この臥雲橋とあとは、通天橋、偃月橋であるが、これらの橋は後ほど紹 ...

臥雲橋の至る少し手前に、なにげない門が見えた。特に気にも留めずにシャターを切ったのだが、この門が鎌倉期のもので国の重要文化財『月華門』だとは知らなかった。 月華門(月下門とも書く)は、文永5年(1268)に一条実経が (一条実経は、東福寺を建立し ...

「大本山東福寺名勝通天橋道」の石柱が入口に建っている道路を入り、少し行った右手に『同聚院』がある。 東福寺の塔頭のひとつである『同聚院』には、平安期の代表的仏師である定朝の父、康尚が作った「不動明王坐像」が安置されている。 像高は265センチ ...

東福寺には多くの塔頭があり、その数25を数えるという。 北大門を入り、まずは退耕庵を見て臥雲橋までにある塔頭を順次見て行くことにしよう。 北大門から『退耕庵』を右に見て、その先を右に曲がる。 まず眼に入るのが『霊源院』 中に入ることは出来ない ...

仁王門の右斜めには、臨済宗東福寺の塔頭寺院である『退耕庵』がある。 貞和2年(1346)東福寺第43世住持、性海霊見により創建された。 その後、応仁の乱の災火により一時荒廃したが、慶長4年(1599)安国寺恵瓊によって再興された。 なお慶応4 ...

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