碑文:表(西)「京都市道路元票」道路元標とは、道路の起点や終点、道路の距離を測るときの基準となる地点を示すもので、この石標は京都市の道路元標で、もとは三条大橋にあり、のちに現在地に移されたというのだが、大正9年の資料には、京都市道路元標は「下京区三条通烏 ...
土佐藩邸跡(木屋町通)
木屋町通から高瀬川を渡った西側、河原町通に至る間の元立誠小学校の辺りが、江戸時代の始めから明治4年(1871)まで、土佐藩山内家の京都藩邸があった処である。木屋町通から高瀬川を渡った西側、河原町通に至る間の元立誠小学校の辺りが、江戸時代の始めから明治4年(1 ...
ここはお國を何百里(良正院門前)
「ここはお國を何百里」の歌いだしで歌われる「戦友」は、作曲:三善 和気・作詞:真下飛泉で明治38年(1905)に作られた軍歌で、舞台は日露戦争の中国遼東半島での戦いの時である。この碑は昭和2年(1927)に、真下飛泉の終焉の地の近くである良正院門前に、真下の教 ...
史蹟 青蓮院旧仮御所(青蓮院)
碑文:表(西)「史蹟 青蓮院旧仮御所」/右(南)「史蹟名勝天然紀念物保存法ニ依リ 昭和十七年三月文部大臣指定」/左(北)「昭和十八年一月建設」青蓮院の四脚門の前には「史跡 青蓮院旧仮御所」の石碑が建ち、ここが仮御所だったということが分かるのだが、されば何時、 ...
親鸞聖人遺髪塔(青蓮院)
青蓮院の医薬門をくぐり、本堂への道とは反対の左側に向かうと「植髪堂」がある。その堂の北側に、親鸞聖人の得度した際の髪の一部を納めたという「親鸞聖人遺髪塔」がある。親鸞は承安3年(1173)に生まれ、9歳で青蓮院門主・慈円のもとで得度したという。その得度の際に ...
親鸞聖人得度聖地(青蓮院)
碑文:表「親鸞聖人得度聖地」/左「青蓮院門跡」青蓮院は親鸞聖人が幼少期を過ごした寺院で、9歳の少年が仏門に入り得度した寺院として知られ、親鸞聖人「お得度の聖地」として知られ、門前にこの石碑が建っている。青蓮院は、左京区大原にある「三千院」と、東山七条の「 ...
会津小鉄之墓(黒谷さん)
碑文:表「会津小鉄之墓」黒谷さんの搭頭である西雲院の墓所に、会津小鉄のお墓があった。特に見に行ったということでなく、会津藩殉難者墓地を見に行った道すがら、こんな所に会津小鉄のお墓があるのを見つけたのである。会津の小鉄こと、上坂仙吉は幕末の侠客で(今でいう ...






