碑文:表(北)「高山彦九郎先生皇居望拝趾 蘇峯菅原正敬書」/裏(南)「建碑趣旨・この建てられた趣旨文が刻まれる」三条大橋東詰に、高山彦九郎皇居望拝之像があり、その姿から土下座をしていると思われ「土下座像」とも呼ばれ、京都人の待ち合わせスポットとなっている。 ...
豊臣秀次公之墓(三条通)
碑文:前「前関白 従一位 豊臣秀次公之墓」/左「慈舟山瑞泉寺」三条大橋の北側たもとに豊臣秀次とその一族を祀る「瑞泉寺」があり、その門前にこの石碑が建っている。瑞泉寺は、豊臣秀次とその一族を弔うために、高瀬川を掘削した角倉了以によって、慶長16年(1611)に創 ...
坂本龍馬寓居之趾(龍馬通り)
碑文:表(南)「坂本龍馬寓居之趾」/右(東)「昭和三年三月」/左(西)「京都市教育会」坂本龍馬が京都に滞在中に身を寄せたのが「酢屋」という材木商であった。酢屋は代々、嘉兵衛の名を名乗り、幕末の当主六代目嘉兵衛は材木業を営む一方で、高瀬川の水運を利用した運 ...
池田屋騒動之址(三条通)
碑文:表(南)「維新 史蹟 池田屋騒動之址」/右(東)「京都市教育会」/左(西)「京都市教育会」/裏(北)寄附者 昭和二年十一月 佐々木フサ」河原町三条を東に入ってすぐのところに、新選組を一躍有名にした池田屋騒動があった池田屋の跡がある。現在の景色からは、と ...
京都市道路元票(三条通)
碑文:表(西)「京都市道路元票」道路元標とは、道路の起点や終点、道路の距離を測るときの基準となる地点を示すもので、この石標は京都市の道路元標で、もとは三条大橋にあり、のちに現在地に移されたというのだが、大正9年の資料には、京都市道路元標は「下京区三条通烏 ...
土佐藩邸跡(木屋町通)
木屋町通から高瀬川を渡った西側、河原町通に至る間の元立誠小学校の辺りが、江戸時代の始めから明治4年(1871)まで、土佐藩山内家の京都藩邸があった処である。木屋町通から高瀬川を渡った西側、河原町通に至る間の元立誠小学校の辺りが、江戸時代の始めから明治4年(1 ...
ここはお國を何百里(良正院門前)
「ここはお國を何百里」の歌いだしで歌われる「戦友」は、作曲:三善 和気・作詞:真下飛泉で明治38年(1905)に作られた軍歌で、舞台は日露戦争の中国遼東半島での戦いの時である。この碑は昭和2年(1927)に、真下飛泉の終焉の地の近くである良正院門前に、真下の教 ...






